~ 追憶 産業医 津葦キリコ ~
彼女の瞼はまだ温かかった……
時間にして
10秒にも満たない
短い時間………
まだ
それだけしか経って居なかった…………
彼女は
今
私の腕の中で
その人生に
帳を下ろしたところだった……
彼女の最期の言葉は…
「どうして……こんな………」
細く…消え入るようなその声を………
全て聞き取ることは出来なかったが……
どうしてこんなに良くしてくれるのですか?
あなたに深く感謝します
細かい言い回しに違いはあるかも知れないが
内容的には
間違い無いだろう………
私が彼女と出会って
15分程での
出来事だった…………
喫茶店に入った私とローズは
お金が足りなかったので
一杯のコーヒーを
はんぶんこしようという考えだった……
女のバリスタは
鼻を啜りながら
「2つのカップに分けましょうか?」
と言ってくれたが
洗い物が増えるのが申し訳無い
と言って断った……
普通にコーヒーが2杯出て来て
「間違えて2杯分つくってしまったので良かったら」
と
笑顔の彼女…
その笑顔に私の胸は熱くなった………
美人と言えば言えなくもないが
十人並みと言ったほうがしっくりくるその容姿を
笑顔が補完し
月も恥じらうほどの魅力が
彼女から溢れ出して居た………
私は彼女に何かしてあげたい……
と
そう思った………
カウンター越しに話をして居たが
あまりにもよく鼻を啜るので
どうしたのかと尋ねると
花粉症が辛いのだという……
私は
これだ
と
思った………
丁度彼女がアイスピックで氷を割ろうとしたので
「素敵なアイスピックですね
その持ち手は象牙ですか?」
私がそう言うと彼女は
「ご興味在りますか?」
そう言って
私のほうに持ち手を向けて差し出した…
アイスピックを
受け取りながら私は
上半身をカウンターの内へ滑らせた…
私の腕と
彼女の袖が擦れる乾いた音が聞こえた…
アイスピックは
彼女の左乳房の斜め下から
肋骨の隙間を抜けて
心臓の左心室まで通し
挿入時は避けた肋骨を
今度はテコの原理で利用してこじり
右心房まで裂いた…………
「どうして……こんな………」
礼には及ばない
コーヒーのお礼だ
もう君は花粉症で辛い思いをしなくて良い
彼女の瞼をそっと下ろし
私達は喫茶店を後にした……
TO BE COMUGIKO